乳幼児の食事の様子はお世辞にもキレイとはいえませんよね。おまけに親はゆっくり食べる暇もない…。部屋はおもちゃだらけで片付かない、小学校に入れば勉強はせずにゲームにばっかり夢中になる…大丈夫です。ちょっと親の視点を変えてみたり、コツを知れば乗り切れます。いつまでも続くことではありませんから。逆に本当に懐かしく思い出されるように変化します。
「グチャグチャ食事もお勉強のうち」離乳食から第一次反抗期だけのこと
離乳食が始まればすぐに直面する問題に
「グチャグチャ食事」があげられます。
親のほうが力の入れ過ぎで、
手をかけた凝った食事を作ればたくさん食べて欲しいのが人情です。
粗末にされれば腹が立ちますが、
まずは、食べてくれれば御の字くらいの手抜き加減が
イライラしないコツかもしれません。
親もいっしょに落ち着いて食事ができるようになるまで、
しばし苦労することかもしれませんが、相手は乳幼児です。
ふざけてグチャグチャにしたり、ほっぽったりしているわけではありません。
自分でやりたいという自立心に加え、
おいしいまずいという味覚や口の中の舌触り、
そればかりか手や、はたまたほっぺ、
娘の場合は頭まで使って感触を確かめたりしたものです。
子どもは変形する食材に興味津々、いわば「実験」をしているのです。
これは、本人も訳がわからなくなるほどの
知的好奇心の塊だと思えばいいのです。
いちどそう認めて(悟って)しまうとイライラせずにすみますし、
これはあらゆることに応用が効く、子どもへの大人の対処法といえるでしょう。
「ビリビリ、ボロボロにするのは子どものお仕事」幼児期の特権だと思って
家じゅうのあらゆるものが好奇心の対象であり、
「正しい扱い方」などしないのが子どもです。
たとえば、まだ字が読めない子どもにとって、
本は読むものではなく本棚から出してブックカバーを外すもの。
わが家の息子は、つかまり立ちしたとたんに
この「お仕事」が大のお気に入りになりました。
そこで、安全を配慮してカラーボックスに
文庫本を入れた「お仕事」専用の棚を作ったところ、
息子は毎日飽きもせずこれをくり返していました。
それぞれの家庭で、子どもは困ったことを繰り返すと思いますが、
いちど子ども目線になってなぜするのか、
どこが、おもしろいのかを考えてみてはいかがでしょう。
そのうえで、許可する、代替物を与えるなど、
対処法を編み出し、いちいち怒ったり叱ったりするのはやめましょう。
あることにハマるのも一時のことです。
わが家の子どもたちは、絵本に興味をもち始めるや
本は「読んでもらうもの」になり、大切に扱うようになりました。
もっとも「読んで~、読んで~」攻撃に替わると、
これは文字が読めるようになる五歳ごろまで続き、
さらに低学年までの長丁場でしたが。
ゲームの功罪をどう考えるか…年齢ごとに各家庭ごとに話し合ってルール化を
パパもママも、ゲーム文化の発展とともに成長してきました。
テレビゲームの登場・隆盛からやがて携帯型ゲーム機の時代を経て、
今やゲームはスマートフォンでする時代になりました。
また、タブレット型端末機器の普及は
ゲームをコントローラーが使えない乳幼児にまで広げています。
進化を続けるゲーム機器が、
発展途上にある子どもの脳へどのように影響するかは
功罪ともに喧伝されており、今はまだ研究段階です。
研究結果を待つまでもなく親として日常に流される前に、
ゲームの付き合い方を考えておく必要があるでしょう。
知育玩具もゲームと化し、祖父母世代がついていけないのは
良いことかもしれません。
両親がよく話し合って、家庭ごとのルールが必要です。
パパもルールの一員になることはママを喜ばせるかもしれませんね。
息子にゲームを与えたのは、当時でもかなり遅い小学二生になってからでした。
小学生のあいだは毎日一時間と決め、
かたわらで内容についてあれこれ会話をして、一人で没頭させないようにしました。
スマートフォンの幼児用アプリに頼るほど
時間に追われているワーキングマザーには難しいことですが、
子どものゲームには休日だけでも寄り添うか、
たとえば別の時間帯になったとしても、
子どもが夢中のゲーム・アプリについて会話するなど、
できるだけ関心を示すことが重要ではないでしょうか。
たとえば、キッチンに立っている間に
子どもにゲームの内容を教えてもらえば、
「内容を知らない相手に説明する」ことになり、
親子のコミュニケーションばかりか優れて国語の学習にもなるでしょう。
現在住んでいるマンションはオープンキッチンで、
ダイニングとリビングに向かって炊事をすることができるので
自然と家族との会話が弾みます。
娘の幼少時は狭いダイニングキッチンだったので目が届きましたが、
息子の幼少時に住んでいた家はカウンターはあったものの
シンクとコンロは後ろ向きだったので、
現在のような住環境ならば子育てしやすかったと残念に思います。
最近は、共働き仕様の住環境を整えた物件もあります。
働く親の場合、子どもと接する時間が必然的に短くなりますから、
居住環境や家事動線を考慮した住まいの選択も重要です。
ごみがゾロゾロの子ども部屋…あら不思議、巣作りの年齢が来る子もいます
小さな子どもが玩具をおもちゃ箱にしまう習慣は、
保育園での「お片づけー、お片づけー」の歌とともに
比較的家庭でも身につきやすいと思いますが、
問題は小学生の片づけでしょうか。
「おもちゃ」というよりもなんだかよくわからない
細々とした玩具のようなものから、
学校の教科書・ノートはもとよりプリント類に洋服…
もうグチャグチャな子ども部屋に、イライラしていませんか?
掃除をしようにも何が必要なものなのかわからず、
親も目には全部がごみに見えてしまうけれど、
捨てれば怒るのは目に見えているし…。
これは小学生特有の問題として時が解決しますから、
ぐっとこらえて待ちましょう。(時が来ない子もいるけれど)
早い子では小学校高学年、中学生ともなればあら不思議、
巣作りよろしく自分のお城である部屋を片づけ、
ポスターなどで飾り立てるようになります。
自分自身にもそうした時期があったのではないでしょうか。
ただ、残念なことに、ほぼ時を同じくして
リビングなどで親といっしょにすごす時間は少なくなり、
自室にいる時間が長くなります。
寂しくなりますが、これも成長の階段を一段昇ったととらえ、喜びましょう。
危ない遊びにハラハラ…命に関わる危険だけはキチッと教える…だけで留める
小学生ともなると大人には意味のわからないような
イタズラはしなくなりますが、次に親を悩ますのが
危ないことや、悪いとわかっていることをしたがるようになることです。
その中身は年齢とともに変化し、成人近くまで心配は尽きません。
ここでは小学生の他愛のない危険について触れてみたいと思います。
わが家では、三ヶ条を決めました。
- 命に関わる危険が想定されるときには、そのつど厳しく、くり返し教える
- 危険はできるだけ具体的に教える
- 自分で危険を回避することや、失敗からリカバリーすることも
生きる力の獲得と考え、行動のすべてを知ろうとして
不必要な詮索などはせずに、判断を任せる
一つ目は、交通事故、踏み切り、エスカレーターの乗り降りなど
についてですが、今では子どもたちが私の口真似をして
当時を再現し笑い合っているほど、合言葉のようになったものです。
二つ目は、たとえばみなさんも子ども時代に興味を持ったことがあるだろう
マッチ(最近は見かけませんが)について、
なんとなく興味深そうに触ったのを機に、シンクの中で擦らせてみました。
マッチの頭をすぐに上向きにしなかったので、息子はアチチっと落としました。
そのうえで、私は炎の性質について話し、
これがシンクの中でなかったら火事になっていたことなどを教えました。
後に、理科の実験のさい、
誰もマッチを擦ることができなかったのに、
自分はできたと誇らしげでした。
口だけで説明しても、子どもは危険を理解せず、
使用法もわからずじまいだったに違いありません。
三つ目の事例は、保護者の責任として
目を届かせておきたいところですが、
実際は後年、時効とばかり本人から武勇伝として告白されることが
少なくありません。
曰く、この壁を登った、公園の中の急勾配を自転車で駆け下りた、などです。
ナカナカ起きない子ども…今だけのスキンシップを楽しむに限ります
寝起きの良し悪しはとても個人差があるようですが、
起きられない子を持った親の苦労たるや大変なものです。
小学校、中学校、高校で表彰される皆勤賞
(最近廃止が話題になっていますが果たして…)は
親にこそ贈ってほしいと親は思い、
先生が「親御さんの努力の賜物です」と言ってくれると報われる思いがするものです。
長く寝ていて欲しい三歳くらいまでは
憎らしいくらいに早起きなのに、
四、五歳から小学生にかけてはなかなか起きられない子が増えていくようです。
これはちょうど体力がついてきて寝る時間が遅くなっていくこととも関連しています。
特に、まさに寝付く時間に
大好きなお父さんが帰ってきてひとはしゃぎしていては、
朝起きられないのも道理です。
父親も夕食作りのときからいっしょにいるのが理想ですが、
なかなか難しい場合が以前として多いかと思います。
夕食を作って、食べさせて、お風呂に入れて、
やっと寝かしつけているときに帰って邪魔をされては
母親はたまりません。
中途半端な時間には帰って来ないで欲しいという声もよく聴きます。
そこで、お父さんに
子どもを起こして着替えさせるまでは少なくとも担当してもらいましょう。
朝食作り、選択、身支度と忙しいお母さんに
「早く起きなさい!」と金切り声だけを出されても
なかなか起きて来るものではありません。
お父さんが、ベッドまで行ってくすぐったり、
抱き起こしてスキンシップがてら起こしましょう。
いつまでいっしょにお風呂に入ってくれるだろうか、
という話題はよくありますが、
寝起きのスキンシップも期間限定ということをお忘れなく、楽しんでおきましょう。
娘は小学生時代から教室一番乗りで、
毎朝のおしゃれに時間を割く高校生になっても自分できちんと起床する子でした。
息子は朝が弱く、小中高と進むに連れてますます起きられなくなりました。
小学生のころは何度も声をかける必要がありました。
中学になると通学に一時間かかるうえ、
部活の朝練があったので五時半に起きなればなりません。
起きる本人も起こす私も、本当に大変でした。
思春期の息子を起こす奇策の一つに隣に潜り込むという方法があります。
息子は「何してんだよっ」と飛び起きるそうです。
しかし、早々試した別の母親は、
息子は寝ぼけて抱きついただけで効果がなかったといいます。
私も試したところ、両者の悪いとこ取りのような、
不機嫌に怒り、私を排除するだけで起きないという最悪の結果となりました。
そこで私は、この時間を私自身にとって嬉しい時間にしようと
考えを切り替えました。
それは、マッサージをしつつ起こすのです。
中学時代はバスケット部、
高校に入ってはアメリカンフットボール部と、
部活に燃えていた息子の筋肉はいつもパンパンでした。
手や頭皮といった末梢神経が刺激され、
筋肉のイタ気持ち良さもあったのでしょう、
私のねらいどおり、息子はゆっくりと気持ちよく目覚めました。
甘すぎるとあきられることもありますが、
ふだん「1メートル以内に近寄るな」という
思春期の息子に触れることができる唯一の機会でもあり、
部活への応援の気持ちを込めてのことで、
毎朝腹を立てずに済むようになりました。
やがてそれも拒否されるようになり
「ハハー~ン」と
次のステージに成長したことを悟ったものでした。