選択的夫婦別姓はモラハラ夫や義実家からの圧力を減らせる良策です

夫婦別姓社会
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モラハラ夫かどうかは結婚や出産するまではわからないらしいです。

夫の両親から「嫁」扱いされることに怒っている妻はとっても多い。

それも96%が夫の姓に変更し、実態と違う「入籍」という言葉が使われ続けているからなのです。

夫婦は同姓がいいと考えるあなたも「選択」というハードルを仮に設けられると
パートナーの知らなかった面に気づけます。

「選択的夫婦別姓、夫の私が妻の姓を選んでわかったこと」を観て

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2022年1月15日のテーマは選択的夫婦別姓でした。

国連から三度も勧告を受け、1996年には法務省から答申も出て、
世界中で唯一残る強制的同姓、自民党以外は与党の公明党含めすべての政党が賛成している現状です。

それでも、新しく知ったことや、未だこんな認識⁈という
気づきの多かった回の感想をまとめてみました。

夫の私が妻の姓を選んでわかったこと(中井治郎社会学者、龍谷大学社会学部非常勤講師) -マル激
カテゴリー「ジェンダー・ギャップ」「人権」  日本は1996年に法務大臣の諮問機関である法制審議会が、夫婦が別姓を選択できる制度の導入を答申して以来、強制的な夫婦同姓を定めた民法750条は、国連の差別撤廃委員会から繰り返し勧告を受けたり、多くの違憲訴訟が提起されるなどしてきた。しかし、政治の動きはいたって鈍く、最高裁も...

「家を継がない次男」の反対語は「長男の嫁」

最初に驚いたのは、ゲストの中井治郎氏の言葉です。

「日本のふしぎな夫婦同姓、社会学者、妻の姓を選ぶ」 
というタイトルの本を出版した、1977年に生まれ、2019年に結婚した方が
「僕自身が次男であるから差支えないだろう、
三姉妹最後の独身だった妻は最初から諦めていたが、勢いと思いつきで改姓した」

「家を継ぐのは兄で、関係ないだろうと思っていた。しかし、驚いたのは家を継ぐ父や兄よりも~」


「家を継がない次男」を繰り返されたことです。

「夫婦別姓問題が女性の問題として扱われてきたこと」はご存知だったようですが、
40歳を超えた社会学者の言葉には思えませんでした。

社会学と言っても分野が広く、中井氏の専門は別とは言え、
自著のタイトルに銘打ちながら。

経験を書籍化するに当たって学ばれ、
改姓を考えた当時と今とは考えや感覚が違っているならば、
「当時の私は」と前置きするなどの慎重さが必要だと思います。


「次男だから改姓しても差し支えない」ことの反対語は
「長男の嫁は義実家に仕えるもの」になります。

未だに女性はパートナーと結婚しただけなのに、
夫の家に「嫁ぎ」「入籍し」「嫁」として扱われるのです。

番組の後段、「婿」や「婿養子」になったわけでもなく、
「婿って何をしたらいいのだろう」と思ったとのことです。

男性の正直な感想だと思いますが、一方「嫁」の期待される役割りと言ったら…。

「息子が姓を変える選択に堪えられない」母親とは

中井氏は

「驚いたのは親族の女性、母、姉、義理の姉、からの反対。

理由はせっかく男なのにもったいない、
自分が変えてきた経験、自分は我慢してきた経験がある、
自分の息子がもし姓を変える選択をしたら耐えられない」

と言ったときに、神保哲生氏は笑い、宮台真司氏は真剣な眼差しでした。

神保氏は徹頭徹尾ジャーナリストで、
ジャーナリスト特有の「マチズモ(男性優位主義)」ぶりを垣間見せることが時々ありますが、
宮台氏がさりげなくフォローされたりします。

今回は、コメント欄にもあるように、その差が顕著でした。

ただし、今回は宮台真司氏が例えた、売買春の建前と本音、制度と自分ごとの点で、
お二人の姓を決める時の話しが一言もないことには違和感を覚えました。

私は1983年、夫に改姓は全く考えていない、と一蹴されたことはショックで根に持っています(笑)。

私に弟、夫に妹がいたので致し方ない、と諦めました。

当時の都知事候補者だった畑田重夫氏が
改姓をジャンケンで決めたことに、新鮮で本物のリベラルと憧れたものでした。


息子の姓が変わることを嫌がることは姑根性そのものに思えます。

愛する息子が愛する配偶者の氏を大切にすることを尊重すべきではないでしょうか。

とは言え、息子も娘も氏が変わるのを避けたい可能性があるから
「選択的」夫婦別姓制度が必要なのです。

憲法24条の「両性の合意に基づいてのみ」を持ち出すべくもなく、
婚姻は夫婦だけの問題なのですから、成人した子に対して
親がとやかく口を出すのは家父長制の残滓です。

同姓か、別姓かは本人たちが決めることです。

夫婦別姓の反対論には根拠なく、あるのは国家観だけ


反対論に対する宮台真司さんのソーファットでしかない、は明解です。

世界中で何の問題もない、氏が一緒じゃないと一体感が失われる家族なんてそもそも一体じゃない。

旧姓使用を拡大してでも、戸籍上の同姓を強制するのは形式としての伝統主義でしかなく、
つまり家族の内実がなくなっていることの証左であり、
不安に当て込むシンボリズムだと言葉に溜飲が下がります。

1870(明治3)年 明治政府が平民の苗字公称を自由化

1871(明治4)年 戸籍法成立(壬申戸籍)

1875(明治8)年 平民への苗字強制令(徴兵等のため)

1876(明治9)年 太政官司令により、妻は実家の氏を名乗るとされる

1896(明治29)年 明治民法制定 「家」制度が導入され、夫婦同氏が原則となる

1947(昭和22)年 民法改正「婚姻の際には夫又は妻の氏を称する」

出典:尾脇秀和「氏名の誕生」、法務省より

上記のように、日清戦争後に制定された近代の氏は徴兵管理のため
明治29年からの「伝統」は天皇制とともに、
明治政府の設計した「国民国家」観による「富国強兵」のためでした。

だから権力側が維持したいのはわかります。

でも、庶民からしたら、「富国強兵」は教科書にも載っている明治の命題、
そんな「強兵」を維持したままであることは怖くないですか。

今回初めて気づかされたことに「国家」という翻訳、
そこにあえて「家」を付けたのは天皇を頂点とする家父長制による統治の意思があることです。

State   状態, 州, 国家, 様子, 態, 有り様

Nation  国家, 国民, 民族, 民, 民俗

Country  国, 国家, 自国, 田園, 郡, 邦

夫婦別姓は子どもが可哀想という余計なお世話


夫婦別姓と聞いただけで、「選択的」であることや
歴史も議論の中味も知らずに情緒的に「子どもが可哀想」という人々がいます。

シングルマザーの子は?
そもそも親が離婚している子は?
ステップファミリーの子は?
可哀想なのでしょうか。

そんな偏見は、三組に一組が離婚する現状の中で、
親子の姓の不一致や子の改姓は珍しいことではなくなる中で、
ほとんど無くなっています。

あえて言えば、夫婦同姓で親が離婚したから母親の復氏に伴って
子どもが改姓する場合が一番「可哀想」ではないでしょうか。

苗字が変わることで、親の離婚が周りに知られてしまい…という小説やドラマもいくつかありました。


「強制的」別姓ではないので、子どもが可哀想と考えるご夫婦は同姓にすればいいのです。

ただ、離婚する確率が三分の一という客観的事実を鑑み、
子どもが改姓する必要が少ない別姓を選択するほうが子どもに優しいと、私は思います。

結婚式とお墓に残る「○○家」は終わりつつある


最後に残るのは…と神保氏が持ち出されたお墓問題。

昨今「跡継ぎ」がいない、遠方であることから「墓終い」「墓移転」が
増えているのは宮台真司さんのおっしゃる通りです。

だから、納骨堂や共同墓地、植樹葬、散骨などが広がっています。

私も義父母と同じお墓には入る気はありません。

夫婦だけのお墓の準備を考えています。

むしろ実家のお墓参り、実父母を偲ぶ感情は大切にしています。
(義両親は健在です)


お墓や仏壇の相続、つまり祭祀に関する権利の承継については

「民法 第897条 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、
慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。」となっています。

前条の第896条とは、相続の一般的効力です。

相続と言えば、番組に出演されていた三人の男性は
未だ相続のご経験がないのでしょうか。

相続に関して法律上は長男、次男、長女、次女は関係ありません。

家庭裁判所で相続に関する手続きをした際に、
第一子の私、第二子の弟という順番だったことは新鮮な驚きでした。

弟は○○家の七代目、七代目と生まれた時から
「お堀の水で産湯につかった」のが自慢の江戸っ子の父から呼ばれていたからです。

冒頭で記した「長男は家を継ぐ」発言を無理解だと思う理由の一つです。

ここ10年で死後離婚と言われる「姻族関係終了届け」の数は2倍に急増しています。

現代の日本では、生前には離婚できなかったけれども
死後に相手の実家と縁を切りたい、法律上の平等さと違って、
現状で家制度が残っていることへの妻の抵抗だと思います。

結婚式の「○○家」問題については下記をご参照いただければ幸いです。


旧姓の適用拡大では解決しない、多くののこと


中井氏の言う通り、この問題には様々なレイヤー、意見があることは承知していますが、
実質の不便が無くなれば良いという話しに収斂させていいのか心配です。

それでも、マイナンバーは戸籍に紐付いていること、パスポートのIDは戸籍、
論文は通称が許されていても国際会議なので齟齬が生じている中井氏の経験が語られます。

そして、姓を変えなくてはならないほうが仕事がしにくいという、
女をその状況に置いたままにすることが、
ジェンダーギャップ指数の120位の状況に繋がっていることが明らかにされます。

戸籍筆頭者は改姓しない方になるとは知りませんでした。

新戸籍とはいえ結局は目に見えない糸で戸籍による家父長制は続いていました。

宮台真司氏の
「当たり前さが変わっていないから【入籍】という言葉が使われてしまうに納得感するとともに、
初めて知った「国家」の言霊からすれば言葉狩りは好まないけれど、
「入籍」も改めていく必要があると思います。


忘れていけないのは別姓が「選択的」であること、
選択する権利の有無の問題だということです。


番組の最後に宮台真司氏から
「自分が望まないことを他人がすることを許さない幼児性、
家族に対する不安ゆえの紐帯の維持、
倫理がなく、脆弱な道徳と法とをを同一視する、補完するための法でしかない」
ことの指摘は重要です。


フランスでパスポート申請の時に
「氏名」「姓名」の一続きがあなたのアイデンティティではないのか、
と不思議がられたという話しがあります。


神保氏のアイデンティティは「哲生」にあるのでしょうか、「神保哲生」でしょうか。

選択的夫婦別姓制度によって「選択すること」の意味

モラハラ夫やDV夫の意識の根底には
家父長制による妻子への所有意識やマチズモ(男性優位主義)があるのではないでしょうか。

「選択的夫婦別姓制度」が導入されたらば、
サムネイルのように、まず同姓か別姓かを選ぶというワンクッションが加わります。

だから、例え同姓を望んでいても
「どっちにする?」という会話の中で相手の家や親、
ジェンダー意識を知るチャンスになると思います。

番組を視聴した夜、久しぶりに義実家の人々が夢に現れ、うなされました。

結婚して来年で40年を迎えるほど年月が経っても
自分の中に拭い難い想いがあることは驚きでしたが…。

夫の名誉のために付け加えると、28年前に育児休業を取得するほどマチズモとは無縁です。

2020年12月31日付け 朝日新聞より
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