脚本家蓬莱竜太氏との出会い「木の上の軍隊」と「漂泊」の感想

映画ドラマ
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蓬莱竜太氏の作品に出会ったのは井上ひさし氏原案の「木の上の軍隊」という舞台でした。

亡き大御所井上氏想いを継いで「戦後三部作」のラストを書くという大役を
演出家栗山民也氏の推薦で担った作家として注目しました。

数年後に新聞の劇評欄をきっかけに「漂泊」を観たら、
厳しい評価とは全く違う感想を持ちました。以来、大ファンになりました。

「木の上の軍隊」は戦争を深く考える作品

終戦を知らずに2人の日本兵が2年間木の上で生活していた実話を
新聞記事で知った井上ひさし氏が構想した舞台です。

しかし、紆余曲折があり上演されることなく、
題名と設定と2行のメモ書きのみでセリフやプロットも一切書かれないまま、井上氏は亡くなりました。

井上氏が信頼を寄せ、井上作品の演出を多く手掛けた栗山民也氏の推薦で、
劇団モダンスイマーズ蓬莱竜太氏に託され栗山氏の演出で上演されました。

貴重なDVD化

沖縄・伊江島。米軍と激しい戦闘の末、壊滅的な状況に陥った日本軍。

伊江島出身の若い志願兵新兵を演じるのは、演劇界を常にリードし続ける俳優、 藤原竜也。

語る女を演じるのは、11年ぶりの舞台出演となる片平なぎさ。

ベテラン兵士の上官役を演じるのは、ドラマ「相棒」など、ドラマ・舞台などで活躍する山西惇。

命からがら、ある森の中の大きなガジュマルの木の上に逃げ込んだ二人。

枝が太く、葉が生い茂るそのガジュマルの木は絶好の隠れ場所だった。

木の下に広がる仲間の死体、日に日に広がって行く遠くの敵軍陣地。

連絡手段もないまま、援軍が来るまで耐え凌ごうと、2人は木の上で待ち続けた。

やがて食料もつき、心労も重なった時、2人の意見は対立し始める・・・。

「漂泊」は新聞評とはまったく違った

2015年3月末の朝日新聞夕刊の「漂泊」の劇評が
私の感想とあまりに違うので、ファンレターを書いてしまったのでその抜粋を。

推しの井上芳雄さんが信頼する蓬莱竜太氏の作品が
地元の吉祥寺シアターで上演されることを新聞紙上で知り、
運よくチケットを取ることができ夫婦で観に行きました。

この数年では、同劇場で二年前に観た葛河思潮社の「冒した者」、
三谷幸喜「抜目のない未亡人」以来の感動作品で、
観劇後の会話も弾みました。「漂泊」は様々なことを感じ、考えさせられました。

(その後見た10作品中9作品で感動しました)

演劇評論家の徳永京子氏は

主婦・夏子が、自分の幸福に疑問を持つきっかけが粗く、最後までうまく機能しない。
…ひと言がスイッチなのだが、その言葉がなぜそこまでの狼狽と崩壊を引き起こすのか…
男がなぜ彼女にそう聞いたかが、常に雰囲気頼みなのだ。
もし佐山が無作為に普通の家庭を壊す悪魔的な存在だとしたら、どうして…

2015年3月朝日新聞演劇評より

佐山が悪意のない平凡で社会的地位が高くもない、
弁護士夫人の夏子が無意識に見下している男だから、
そんな他者に「大丈夫ですか?」と突然言われてしまうことは屈辱的で、
「狼狽と崩壊」に繋がっていくことはとてもよく理解できました。

エリート然としている人間にとって、屈辱を味わうこと、
まして仕事を通して鍛えられることのなかった専業主婦の夏子にとって
どれほどの衝撃でしょうか。

また、夏子自身子どもたちへの漠然とした不安を必死で打ち消そうとしている状態ならば
なおさらかろうじて保っている平衡感覚を揺さぶるに充分だと思います。

夏子は独善的な主婦でなく、神経を病んでいるようにも見えるが、
その狂気が実は一家全体のものだったという結末なら、
彼女の機嫌を取り続ける夫と娘、彼らの対比となる近所の住人の描き込みが足りない。

同上

夏子自身は「独善」の正反対に家族を「献身」的に支えているだけなのですが、
「正論」を迷いなく唱えるために病んでいるように見えるのでしょう。

私自身も家族から「おかしい(狂っているというニュアンスで)んじゃない?」
と言われたことがあり、怖くなりました。


娘と息子が成人した夫婦という自分たちと同じ境遇ながら、
最初はいるいるあーいう奥さんとか、
具体的な友人の何人かを思い浮かべるなど、引いてみていられたのですが、
だんだんわが身に重なり観劇後には夫に
私と似てない?同じじゃない?と確認してしまいました(笑)


対比となる夫と娘の悩みや葛藤は極めて今日的なテーマが盛り込まれ、
近所の住人も外形的にはニート青年と人のいい自治会長として描かれながら
事態が進むに連れて夏子の本心にある傲慢さが顕わになり、
最後に内面的な大きさや本心を突きつけるという展開は劇的でした。

演出は、…そのために全体が緩急に欠け、
むしろ理屈の合わなさや生理のつながらなさが目立つ結果になった。

大雨から川が決壊し、窓から本水が大量に流れ出す演出は
登場人物たちの心象風景に重なり、驚きもあり、
なぜこのような評になるのか全くわかりません。

周囲の忠告を無視して小さなコミュニテイーで自足する一家が、
この国と重なるような視野の大きさを感じたかった。

滑稽なほど自分自身の信念に基づき暴走する夏子は安倍総理に、
勢いに負け追認するしかない夫と娘は与党に、
波風立てまいと付き合ってはいるが最後は本音を吐く(ことを期待して)
ご近所は国民に充分重なって私には見えました。


プロデューサーが

「…本音と建前の間でゆらぎながら、絆の不確かさが露呈していくその姿が滑稽で笑えるのです。

皆さん、大いに笑って帰って下さい。この物語は所詮他人事ですから。」

とパンフレットに書いていらっしゃること自体がシニカルで突き刺さりました。

 

「漂泊」の演出は珍しく蓬莱竜太氏自身でなかったということもあるのでしょうが、
私には充分過ぎるくらい伝わってきた作品でした。

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