中学受験で一番大切なことは主体性と集中力 コロナ禍の今年こそ情報に振り回されず、基本に立ち戻って平常心 

中学受験 麻布合格子育て
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2021中学入試 過去の動向・分析で頼りになるのは「過去問」の内容だけ

2021年の本番まで100日をきった今、また年末年始の休日日程で社会が右往左往する中、
受験生のご両親の心中はいかばかりか、想像を絶します。

不安を紛らわすために、中学受験ブログを毎日見ずにはいられない3年間を私も過ごしました。
情報収集、受験生の親の心境に共感したり慰められたりと必要不可欠なものでした。

同時に、心乱す焦りのタネにもなっていた時期がありました。

例年でさえ、最も不安とイライラが「親に」募る季節ですが、できるだけ落ち着き、
平常心を保つことが受験生の心と学習成果に良い効果をもたらすのではないでしょうか。

中学受験の状況、入試の難易度は上がっているとはいえ基本は変わっていないと思います。

私が桜蔭に、息子が麻布に受かったときも結局は
「入試当日何点とれたか、それが何位だったか」に尽きると思います。

だから、過去問に時間通りに取り組み、合格最低点を超える努力をするだけに絞りましょう。
そのための努力の方向、何をすべきかは塾の先生のプロの視点に素直に従うことが賢明です。

親のすることは神経質になり過ぎない健康管理と
家族との楽しい食卓を用意することではないでしょうか。
免疫力と学習効果を上げるのは質の良い充分な睡眠です。
寝入るときに、おでこや指をさすってあげるとあっという間に寝息が聞こえました。

判り切ったこと、それができないから…といろいろな声が聞こえるようですが
進学先が決まるまでの、これからの100日はわが子にとって、親子関係にとって
長い影響を及ぼします
ので、興味をもっていただければ幸いです。

「成績」は出来なかったところを復習して理解し実力をつけることが目的

 2020年2月、Twitterで「悲報‼」とツイートする新小五の娘を持つ母のつぶやきを目にしました。

「転塾後の塾でオプション授業をとっていたのに受けずに帰って来た」

ことに対して、受けさせなかった塾の事務員に怒り心頭なのです。

この母は以前の塾で先生から「理社はお休みして国算に集中しましょう」

とのアドバイスに、二科目にしても成績は上がらなそうと聞き入れていません。

二つの残念な点にお気づきになりますか

一つ目は、受験生本人に主体性を持たせていないことです。

オプション授業について必要性を娘が理解し、受ける意思がきちんとあったのかどうか。

実力をつけるには主体的に集中して学習しているかどうかが一番重要です。

事務員の方へ怒りが向くことは理解できません。

二つ目は、塾の先生のアドバイスに従っていないことです。

全て従う必要はありませんが、先生は長年大勢の生徒を見て来たプロです。

4年の時点で成績が芳しくなければ、算国で先に実力をつけるのは王道でしょう。

しかし、目先の「成績」があがりそうもないからと聞き入れませんでした。

毎週のテスト、6年後半の模試でさえ「成績」は関係ありません。

出来なかったところを復習して理解し、実力をつけることが目的です。

その実力が最終目標である「志望校合格」をもたらすのですから。

成績低迷期に夏合宿に推薦され、塾友との絆が合格へモチベーションアップ

息子は成績別クラスの日能研にあって

一度だけ最上位クラスから落ちたことがありました。

しかし、その二番手クラスに在籍していた初夏に

上石神井校から7名だけが参加できる夏の合宿に

指名されました。

この合宿は学校の移動教室よりずっと自由で

友情を深め、志望校仲間が出来たことが

最大のモチベーションアップになったようです。

「成績」だけを見たら到底参加資格がなかったのに

指名いただいたことに驚きましたが

結果的に先生方の慧眼だったわけです。

志望校合格までの軌跡 習い事 学習習慣は「進研ゼミ」のはずが…

日能研生になるまで(当時はサピックスと互角の合格実績でした😢)

小学校3年生までは進研ゼミ小学生講座で勉強する習慣をつけました。
もっとも毎日少しずつというタイプではなく
2,3日で1ヶ月分をまとめて終えてしまうので
毎日机に向かうという習慣付けにはなりませんでした。

お稽古事は1年生の5月から土曜日にスイミングスクールに通い
3年生からは日曜日にミニバスケットのクラブに入っていました。
私の願いであるピアノやエレクトーンは断固拒否され、運動系のみでした。

平日は学童クラブで5時まで暴れまわっていたようです。

少し話しがそれますが
だんだんと学童クラブの中だけで遊ぶことに飽き
クラブに行っていないお友達と遊ぶために休みがちになりました。
ワーキングマザーにとって頭の痛い問題ですが
1,2年生と違って3年生ともなると交際範囲も広がりよくあることです。

進研ゼミでは少し易しすぎるかと思っていたので
3年生の11月に最寄駅の日能研のオープンテストを受けてみたのが始まりでした。

中学受験に対する夫婦の経験の違いと話し合い

中学受験に関しては長女のときに一度夫と話たことがありましたが
都立小石川出身の夫は自分自身の経験から
娘に都立進学を希望し、私も納得しました。
しかし、四半世紀のあいだに都立は様変わりしている
ことに対する認識が不十分でした。
(娘が中学1年になったのは1996年、後に都立高校は復権しますが)

私は四谷大塚に通い楽しく充実した思い出
桜蔭中高の6年間は自分にとっての財産なので
息子に中学受験させたい気持ちがありました。

しかし、こちらも30数年前と違い
通塾回数・時間が果たして小学生にふさわしいものかという
躊躇
がかなりありました。

オープンテスト後に室長と現在の中学受験事情について
1時間にわたって疑問をぶつけました。
息子とも話し合った末に
新4年(3年生の2月)から週2回クラス(4科目)の通塾を決めました。

小学校は、一年生から公文に通ったり
終わってみればクラスの半数が中学受験する環境でした。

外遊びと通塾と週末テストと復習のサイクルはリズムよく

スイミングスクールは4年生の10月にジュニアクラスを卒業し
ミニバスケットは日曜日にテストが始まる5年生の2月まで続けました。

外遊びは5年生時の平日は5時まで毎日
6年時は夏休み前まで日能研のない月、金曜日は5時まで
友達と自転車を乗り回して遊び
に行っていました。

加えて毎日一時間のテレビゲームをしなくなったのは
6年の直前講習(冬期以降)のころ
だったでしょうか。
睡眠は9時間以上とり、最後まで小学生らしさを失わないものでした。

家庭学習についてですが
日能研はしっかりとしたカリキュラムに基づいた
授業用のテキストと家庭学習用のテキストがありますので
塾のない日に30分集中して終わらせていました。

リビングの隣の自分の部屋で勉強している背中が
その集中ぶりを物語って
いました。
遊びや睡眠が十分だったことが集中力につながっていたのではないでしょうか。
授業も学校以上に楽しく、積極的に発言していたようです。

一番重視していたのは毎週あるテストの間違い直しです。
これは4,5年生のときは親子でしっかりと
週末に2時間くらいかけて取り組みました。

理解できていない部分がすぐにわかり
後になって穴があるということがなくなりました。

もっともこの親子での見直し時間も
6年になると一人で行うようになりました。(私としては寂しかったのですが)

日能研に決める前に大手塾はS、W、Eと検討しました。
息子にとって無理のないこと
親が信頼できることを第一に考えましたが
幸い歩いて15分で通える最寄り駅に二年前に
日能研上石神井校が開校していましたのでこちらに決めました。
6年になってオープンテストなどで他塾を知るにつけ
我が家には無駄のない最適な選択であったと思いました。

4年と5年のときそれぞれ一度だけ
毎日6時まで遊ぶ友達が羨ましくて辞めたいと
駄々をこねたときがありましたが
やがて学校の友達以上に塾友との絆が深まっていった
ようです。

志望校の決定は本人の心の成長とともに変化が‼

中学受験を決めた4年生の春
憧れをこめて御三家の文化祭、体育祭に親子ででかけました。
息子は麻布はいやだときっぱり言いました。
自由な校風で自宅から自転車通学も可能な他の学校を
4年、5年と志望校とし、私も学校説明会にでかけ、すっかり魅せられていました。

しかし、6年前期に志望校対策講座(オプション講座で4回のみ)の
1回目から帰ってきた息子はまたまたきっぱり
麻布に志望校を変更したいと
いいだしたのです。

理由は対策講座の出席者が大人しい子ばかりだったこと
成績的にももう少し挑戦したいとのことでした。
びっくりしましたが、本人の希望を尊重することにし
6年時に再度文化祭に親子でお邪魔しました。

2年前はいやだったのに何故いまは行きたいと思うのか
たずねたところ4年生のときは
パンツいっちょでふざけてる生徒がすごく嫌に思えたけど
今はそんな学校が面白そうに思えるようになった
とのことでした。

親のほうはそんな光景は目にしていなかったので
子どもの観察力と学年が上がることによる感じ方の違いに驚きました。

6年になって初めて夫婦で学校説明会に行きました。
自主自立を促しながら懐深く生徒を導いてくださる先生方のお話
何よりも生徒が学校が楽しくてしかたない様子も伝わり
できることなら麻布生として中高の6年間を豊かに過ごして欲しいと思いました。

中学受験界ではは定期的に、校風か偏差値かという議論が湧きあがります。
校風とは、学校としての理念や方針、教師の具体的な姿勢
そして何よりそれを形作るものは生徒集団だと私は考えています。

自分の中高時代を考えても最も影響を受けたのは友人からです。
説明会で伝わる校風だけを重視し
生徒集団を知るものさしの一つである偏差値を
軽く考えるのも重視しし過ぎすぎることも危険です。

もちろん、同程度の偏差値であれば校風重視は当然ですが。
(我が家も母親に大人気の学校の説明会にも出席しましたが
全く我が家の考えには合わないと思った経験があります)


中学受験 残り3カ月の過ごし方 本気のやる気出すのはいつからか

志望校別講座と模試と過去問に追われるアツイ秋は貴重な家族の思い出作り

 
親子ともに
志望は決定したもののなかなか険しい道のりが待っていました。

9月からは麻布志望校対策講座に毎週日曜日、目黒まで通いました。
友達と通うことが楽しく
何よりつらい(過去問演習のためさすがに外遊びができなくなりました)この時期
志望校をともにする塾友との励ましあいが勉強の原動力
だったようです。

期の段階でR4(合格80%ライン偏差値)には
3ポイントほど届いていなかった
ものの
やや余裕のある受験生生活をしていたので
秋から追い上げるつもりでした。

また、6年後期は外部受験者が増えるので
3ポイントくらい上昇するという噂も聞いていましたので
なんとかなるのではないかと思っていたのです。

ところが、秋以降3ポイント近く下がってしまいました。

10月上旬には運動会の練習中に右腕骨折(全治1ヶ月)
というアクシデントもありました。
三角巾で右腕を吊りながら不自由な姿勢で勉強する後ろ姿や
模試に向かう息子に逞しさと可哀想さが入り混じりました。

さすがに一度だけ、志望校変更について本人に尋ねましたが
過去問のできはいいし、問題も面白い
記述問題の学習が多いので模試の問題は合わないんだ

と言い、意思は変わりませんでした。
(合格後の受験雑誌のアンケートに
親に言われていやだったこととしてこのときのことを書いていました😅)

この秋は模試会場への送り迎えの度に
夕飯は食べて帰ろうと、家族で外食を楽しみました

一方で、普段の通塾の迎え時には
そんな余裕も無くなりました。
解いた過去問を授業後に見ていただき
帰宅時間はかなり遅くなっていました。

一度の勉強時間は最長でも45分でしたが
秋以降は1科目の試験時間に合わせて
1時間は集中できるように
しましたが
同じだけの休憩も必要なようでやきもきさせられましたが。

受験生らしくなったのは年が明けるころでしょうか。
日能研のテキスト以外にいただきものの「受験全解」
という分厚い算数の問題集に麻布の頻出分野を見極め
自分で付箋をつけて解きまくって
いました。

同時にこの時期最も親子で遊びました。
というのもほおって置けば休憩の長い息子対策として
休憩としてトランプやウノ
夏休みから運動不足解消のために始めた室内バッティング(ボールとバットは新聞紙製)
の相手をさっさとしてあげてさっさと勉強に戻るようにしたからです。
気分転換になったようでした。

入試当日の過ごし方 受験生活の3年間も入試本番も「集中力」で乗り切った

2月1日、あんなに集中したのは初めてだ
俺じゃなかったみたいといいながら帰途に
つきました。

受験後のアンケートで
「入試直前親に言われて嬉しかった言葉」として
塾の帰りに会話した一つ一つのことが励ましや慰めになった
と回答してくれたことは大きな喜びです。

あれから15年
昨年息子は日能研で机を並べていたお嬢さんと結婚しました。

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