「マチズモを削り取れ 」 ジェンダーギャップ存在の深層がわかる本

社会
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ジェンダーギャップ(男女格差指数世界120位)が解消しない
真相の深層を真剣に男性だからこその目線で
面白く、読みやすく書けるのはさすが武田砂鉄氏です。

当初、「マチズモ」(男性優位主義)という馴染みのない言葉を
何故タイトルにと思いました。

読み終わった今では「マチズモを削り取れ」が ベストセラーになれば
セクハラ、パワハラ、マタハラ、パタハラ が無くなると 本気で思います   

それ、セクハラですよ‼ よりも「あっ、マチズモ」が指摘しやすい

 「マチズモ」が流行語大賞 に選ばれて
(武田氏はそういうの好きじゃないとは思うけど)

「 それ、○○ハラスメントです‼ 」よりも

「 あっ、マチズモ‼」って簡単、簡潔に指摘できるようになるといいなと思います。

武田砂鉄氏は本書でいきなり

考えすぎだと感じる人もいるだろう。考えすぎないから、いまだにこんな感じなんだと思う。この本は考えすぎてみようという、という本だ。

と宣言し、さらに12ページで

「男性らしさ」などと、抽象的な説明で語られることの多い「マチズモ」だが、本書ではこの社会で男性が優位でいられる構図や、それを守り、統制するための言動の総称として話しを勧めていく。この言葉が捉える部分は、論を重ねる中で膨らむことはあっても、萎むことはないだろう。

と確たる弁を述べています。

私自身、読み進むうちにタイトルはこれしかない!と思わされ
「実に面白い」ので売り上げ好調
(発行から2カ月を待たず、2021年9月3日で4刷決定)の理由がわかりました。

Kさんと称される20代女性の問題意識に
大柄で40歳間近の男性である武田氏が身を削っての体験に挑み、
先行研究をひもときながら真摯に考察する本です。

もし、私がKさんだったら「絶対に惚れてしまう」と、
私の問題意識を否定しなかっただけで(その後いろいろ実践してくれましたが)
38年前に結婚してしまったと夫と話しています。

意識的、無意識問わず、自覚されにくい「マチズモ」

10ページにある次の文章が全てを語っていて、早くも感動、感激しました。

男、めっちゃ有利なのだ。男、めっちゃ優位なのだ。福を占有してきた。福を失うのが怖いから、フェミニズムを嫌う。怖がる。あるいは嗤う。どうにかして、あんなものは一部の人たちがもりあがっているだけだ、と片付けたがる。そもそも、男/女の二元論ではなく、性的マイノリティについても考えなくてはいけないよね、と話を展開させると、あーそっちの話しかと、面倒くさがる。そして、こっちの問題のほうが重要でしょう、と別のところから何かを持ってくる。うん、大事な問題だけど、こっちのほうが大事だよと言い始める。なぜ、どれも大事とは考えないのだろう。

リベラルで気骨あるジャーナリストと社会学者がネット番組で
森組織委員会会長辞任を「どーでもいい」と口を揃えて言ったことを一番に思い出しました。

森喜朗からわが娘と称する子飼いの橋本聖子に交代しても
オリンピック組織委員会の根が深~い問題点などが良い方向に向かうわけではないこと
IOCの存在意義を疑う現実が変わらないことも賛同します。

しかし、森喜朗でさえ女性蔑視発言をしたら辞任せざるを得なかった事実は
大きな進歩に繋げられる、繋げていかなければいけない重要な到達点なのに。
本当に、他の課題で多くを教えられた番組だけにショックは大きく
半年経っても忘れられません。

NHK映像の世紀プレミアム第三集「世界をかえた女たち」は駆け足だったけれど、
アメリカで女性参政権を獲得してからの100年を考え深く感じたり、
映画「ドリーム」やドラマ「ミセスアメリカ」をたくさんの人に観て欲しいとつくづく思います。

さらにフェミニズムの歴史を語る上で大切なスローガン
「個人劇なことは政治的なこと」を踏まえて考察しています。

Twitterでは、政治に関するツイートを避ける人々が多いことに
何度かショックを受けてきました。

コロナ禍で全ての国民の命や苦痛、生活が政治によって左右されている今もってです。

ほんの一握りどころか1%にも満たない人の
過激で執拗なツイートによる混乱を避けるためとはいえ、
思う壺に陥っていることがとても残念です。

「テロには決して屈してはならない」というのに。

目から鱗の「ベビーカー」についての考察

子育てしにくい社会の象徴的なこととして「ベビーカー問題」がありますが、
それも1973年から74年にかけて、東京の国鉄などがベビーカーの使用を禁止していた
歴史からひも解き「マチズモ」を考察しています。

ベビーカーについて専業主婦を積極的に選択した方々のほうが
敏感な気がするのは気のせいでしょうか。

男性優位社会を認めることは子育てしやすい社会と矛盾していないかと、
ふと立ち止まるきっかけになってくれれば、ワーママは嬉しく思います。わた

私たち姑世代もアップデートしないと子どもたちに見捨てられる

ここで白状すると、私たち姑世代はベビーカー乗車こそ禁止されていなかったものの
「乗車の際は畳む」ことを強制され、
ベビーカー自体が畳める構造だった中で子育てして来ました。

だから視線が厳しくなってしまいます。

子どもの安全・快適さのために素晴らしく進歩を遂げましたが、巨大化し、
子連れ荷物も増える一方でそれらをベビーカーに吊るしているのを見ると
なんだかなぁと思ってしまいます。

ましてや、歩ける年齢になっても
ベビーカーに縛り付けられるように乗せられている子を見ると、
子どもの心身の発達よりも親の都合が優先されてやしないかと気になります。

浜田敬子氏が「若い人たちにこちらが合わせないといけない」と
下記の番組の中で発言していることは
続く世代を叱咤激励して来て到達した境地なのだろうと推察します。

アップデートは永遠に続けなければ…

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