虐待しないかいじめられないか、子育ては不安だらけでも大丈夫!

ワークライフバランス
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毎日のように報道される虐待のニュース。

時折、これを人ごととは思えず不安を感じるという女性の声を耳にします。

子どもを産み育てる責任を考えると産んでから後悔することはできない
と思い、深刻に考えてしまいます。


刑法犯や殺人事件報道を見聞きして、
自分も罪を犯してしまうのではと考える人は少ないのに、
虐待報道に子育てへの自信が揺らぐのはなぜでしょう。

虐待は金銭面や家族のあり方など多面的、複合的状況下のことと冷静な認識を

虐待やいじめ問題が深刻さを増し
こうした報道に接していると
親になることの責任の重さと不安に押しつぶされるような気持ちになる方々も多いでしょう。

虐待やいじめの行為事態を免罪するつもりはありませんが、
加害者、被害者、社会的な環境の三つの側面から考える必要があると思います。

加害者である親や子ども自身が実は
「困っている人」「大きなストレスを抱えている」場合が多くあります。

加害者を断罪するだけでなく、
寄り添って抱えている問題を解消することが、再び被害者を出さないことにつながります。

虐待にあっては、金銭面や家族のあり方という
環境に問題のある場合が多いので
健全な家庭の再生が不可欠ですから行政を始めとした第三者の介入が必要です。

誰かの意見を聞いたり、「検索」で情報を得る術を知っていれば大丈夫

今、これを読んでくださっている貴方は大丈夫です。

なぜなら、誰かの意見を聞こうとしていたり
「検索」で情報を得る術を知っているからです。

大事に至る前に自分の状況を客観的に見て
解決方法を探ったり、SOSを出す用意があれば心配いりません。

親族、友だち、行政などアドバイスを求める相手は
様々に、いろいろなところ、方法があります。

ただ、一度相談して思うような応えがかえってこなくても
そこで諦めない、絶望しないことだけは大切です。

特に、行政の窓口の場合はどういう人物か人間性もわからないので
簡単に自分の側の窓口を閉じないでくださいね。

「行政」「自治体」の窓口といっても千差万別です。

寄り添う気持ちはあっても
人手不足で満足な対応ができない場合が多々あります。

心が閉じそうになる一歩手前で
手あたり次第現状を吐き出していいのです。

子育ては習ってから始めるものではないので
誰だって暗中模索、どうしていいのかわからなくて当たり前です。

支援する側は少なくともい千差万別のケースを知っているので
驚かれたり、恥ずかしく思う必要は全くないのですよ。

それだけ心に留めて置けば大丈夫
誰だって出産、子育てはして来たから
社会、世界が成りなっているのです。

わが子だけの狭い視点で考えず、他の子も大人社会でもあるから積極的に解決

いじめについても、多感な時期の子どもたちを
三〇~四〇人も長時間「教室」という名の一つの空間に
閉じ込めていれば自然に発生してしまうという人もいます。

長い間「いじめられる子にも問題がある」という言い方は、
経験としてうすうすそのように感じていたとしても、
いじめを正当化することになるという危険性から否定されてきました。

しかし、最新の研究で、解決策がつかめなかった虐待やいじめなどの問題と
ASD(自閉症スペクトラム障害)との関連が指摘されています。
(ETV特集「人とうまくつきあえない~いじめや虐待と自閉症スペクトラム」二〇一三年三月三日放送)

ASDは自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などと呼ばれている
発達の障害を総称した新しい概念です。

社会性とコミュニケーションの障害で
本人には悪気はなくても周囲との摩擦が起こりやすく、
いじめや虐待につながることも少なくありません。

さらに見過ごされるとうつや過食・拒食症、自傷行為などの問題に
つながることが明らかになっています。

適切な診断、療育、配慮によって
こうした人々の生き辛さの軽減が図られつつあります。

2013年から8年経った2021年現在、
様々な角度から認知が進み、取り組みが広がっていることを実感します。

一方でいじめる側への支援という視点も広まっています。

酷いいじめをする子も健全な育ちをしていない
不幸な環境に置かれている場合があり
「道徳的」な指導だけでは解決しないという視点です。

虐待やいじめはあってはいけないものとして見ないふりをするよりも、
不完全な人間同士が社会のなかで生きていくうえで
どうしても生じがちな問題ととらえて、
いかに芽のうちに解決していくかが重要だと思います。

事象の解決を通して、
当事者たちの抱えている問題が解決され、
乗り越えた経験として自信を深めるものであって欲しいと思います。

誰のそばにも少なからず虐待はあり、
いじめに関しては傍観者であったことも含めれば
ほとんどすべての人に経験があるでしょう。

ですから、特別なこと、怖いことと思わすに
親になる、ならないに関わらす
大人として解決の一助となるようにしたいものです。

職場のパワーハラスメントやモラルハラスメントも
根っこはいっしょのように思います。

ですから、「子育て」だけを特別なものとは思わないでください。

とはいえ、娘も息子もなぜか同じ小学校5年でいろいろありました。

詳しくは別記事の予定ですが、
親同士や担任・校長と話し合い解決に向かいました。

子育ての大変さは一時のもの、素敵さは一生ものだと思いたい

子育てに対する不安はひとつには核家族化が進み、
子育ての実態を知らないことが増えたことが大きいと思います。

私自身、長女を出産した直後、
イメージのなかの「赤ちゃん」よりもはるかに小さくてはかなげな
「新生児」を慣れない手つきで抱きつつ、
同室のお母さんに「私に育てられるだろうか」と不安をもらしました。

「私だって育てられたのだから大丈夫よ~」と、
第二子を出産した私より年下のお母さんに慰めてもらった思い出があります。

身近に子育てする姿を見、
なんとなく「大丈夫、難しいことではなさそう」と思えることが大切なようです。

働きながら子育てする女性も、
後輩に大変さを見せるだけではなく喜びを
積極的に伝えていくことが重要だと思います。

身近で具体的な情報に接していないと、
マスメディアによる影響が大きく、
子育ての息苦しさばかりに目が向いてしまいます。

金原ひとみ著「マザーズ」は小説、ドキュメンタリーとして読まないで

不幸な報道や2011年ベストセラーになった
金原ひとみさんの『マザーズ』とは異なる、
喜びに満ちた側面をきちんと伝ええるような報道や表現があふれればと思います。

たとえば、出産三日後に初めての夜間母子同室を体験したとき、
「もう二度と自由は手に入らないのだと絶望して泣き喚いた」とあります。

私も夜中の授乳をしながら、
「もう二度と三時間以上続けて眠ることはできないのか」
と途方にくれましたが、赤ちゃんは徐々に夜の眠りが長くなるもので、
夫の助けもあり、やがて惰眠をむさぼるところまで復活したものです。

強烈だったからこそ鮮明に覚えているあの絶望感ですが、
今は懐かしくもおかしく振り返ることができます。

また、「ついこの間まで、何も考えずに遊び、飲み、友達とメールし、
夫と仲良く暮らしていた」という下りには、
「母親になる覚悟なさすぎ~」とツッコミましたが、
私は妊娠中に、赤ちゃんの存在を忘れて数日放置してしまい
「しまった!」と青ざめるという夢を何度も見ていました。

しかし実際に生まれてみると、
子どもとは瞬時も忘れることなんてできないほど
強く己の存在を主張するいきものでした。

この小説の中で夫は情けない男としか扱われていませんが、
子どもや母親が成長するように
父親も少しずつ父親になっていくものです。

そうさせるのも妻の腕次第なのです。

産む決断をしても心がついていかずパニック障害になったけれど産んで大正解

とはいえ、私自身も二人目を産むことには、長くつらい逡巡と夫婦喧嘩がありました。

このようにやっとの思いで産んだ息子ですが
私たち家族に想像以上の豊かさと喜びと希望をもたらしてくれました。

産む決断をしたときから起こる
想定外の出来事は子育てという荒波へ漕ぎだす
洗礼なのかもしれません。

その後には、子どもたちのいない人生は一瞬も考えられないという幸せが待っているのです。

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